いわゆる迷惑防止条例は、個人の性的自由を保護することを目的としておらず、当該都道府県における「県民生活の平穏の保持」という社会の利益を保護することが目的です。

そのため、男性が女性の身体に触った場合、いやがらせ目的であり性的意図がなくても、迷惑防止条例違反は成立します。

痴漢に適用される迷惑防止条例の目的に関して解説いたします。

【具体例】
電車の中で、いやがらせのために、男性が男性の股間に触れた場合、迷惑防止条例の適用があるのでしょうか。

 刑事罰を定めた法律には、保護法益、つまり、その法律がある特定の行為を処罰することによって保護、実現しようとしている利益があります。たとえば、窃盗罪(刑法235条)は、人の財物による事実上の所持の保護を目的とするものです。

 では、痴漢に適用されることが多いいわゆる東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」等のいわゆる迷惑防止条例は、どのような保護法益を守ることを目的とするのでしょうか。

 刑罰を定めた法律がどのような利益を保護することを目的とするかは、条文で明記されないことが多く、その場合は裁判官等による条文の解釈で判断されることになりますが、迷惑防止条例についても、保護法益についての明文の規定がないことから、条文の解釈により考えられることになります。

 迷惑防止条例は、痴漢に適用されることが多いことから、被害者の方の保護、つまり、個人の性的自由を保護法益としているように考えられる方が多いのではないかと思います。このように保護法益を個人の性的自由と考える場合、迷惑防止条例が適用されるためには、その被疑者(被告人)が痴漢の意図つまり性的意図をもってその行為を行うことを必要とするという考え方につながることが多くなります。

 この考え方の場合、具体例の事案については、いやがらせの意図で行為を行っており、性的意図はないことになりますから、迷惑防止条例は適用されないように考えられます。

 しかし、多くの裁判官は、迷惑防止条例の保護法益を、個人の性的自由とは考えておらず、迷惑防止条例の目的を、当該都道府県における「県民生活の平穏の保持」という社会の利益と考えているようです。では、どうしてこのように考えるのでしょうか。

 迷惑防止条例の内、痴漢に適用される部分は、例えば東京都「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」を例にとると、 第5条 「何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。」 とされている条文です。  意外に思われるでしょうが、痴漢等の文言はなく、処罰される行為についても、「人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」という抽象的な規制の仕方をしているだけです。また、迷惑防止条例で、この条項以外で規制されている行為は、景品買い行為の禁止や一定のダフヤ行為などです。

 そこで、裁判官の多くは、①前記のように迷惑防止条例の処罰する痴漢以外の行為が被害者を考えることができないものであること、②「卑わい行為の禁止」規定はすべての都道府県条例にあるが、それらはいずれも卑わい行為が禁止される場所を、「公共の場所」又は「公共の乗物」に限定していることなどを理由に、迷惑防止条例の保護法益を、前記のように「県民生活の平穏の保持」という社会の利益と考えているようです。

 したがって、具体例の場合、多くの裁判官は、迷惑防止条例を適用されることになると考えられます。また、男性が女性のおしり等を触った場合も、例えいやがらせ目的であり、性的意図がないと主張しても、迷惑防止条例違反を自白したことになることになると考えられます。

【参考文献】
合田悦三著「いわゆる迷惑防止条例について」(「小林充先生 佐藤文哉先生 古希祝賀刑事裁判論集」上巻 510頁以下)、會田正和著「迷惑防止条例違反」(東條伸一郎ほか編・シリーズ捜査実務全書(9)風俗・性犯罪 334頁以下)、安東潔著「特別刑法の諸問題(4)迷惑防止条例」(捜査研究610号55頁)

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